昔から言われる「山の手」と「下町」。裕福な人は水害を避けて高台に住んだ、という説明は本当でしょうか。MAPRISEの4分割表示で、色分け等高線・地価・犯罪発生・用途地域を東京・名古屋・大阪・福岡で同じ範囲に並べ、標高との関係を数字も添えて確かめました。
こんにちは、MAPRISE開発チームです。
「昔からお金持ちは山の手、庶民は下町」とよく言われます。この話を聞くたびに、私は、ひとつ素朴な疑問を持っていました。裕福な人たちは、水害にあわないよう、丘の上や見晴らしのよい高台に家を構えていたのではないか、という疑問です。
今回はこの疑問を、MAPRISEの地図で確かめてみました。東京、名古屋、大阪、福岡の4都市で、高い土地と低い土地が同じ画面に入る範囲を選び、4分割表示で次の4枚を並べています。
- 左上:色分け等高線(標高)。暖色(赤・茶)が高く、寒色(青・緑)が低い土地です。
- 右上:地価。国土交通省の地価公示・都道府県地価調査(2024年)の地点を、価格に応じた色で表示しています。
- 左下:犯罪発生。警察庁オープンデータにもとづく発生地点です。
- 右下:用途地域。緑や青系は住居専用の地域、ピンクは商業系の地域です。
先に結論を書きます。「高台に住居専用の街が集まる」ことは、東京・名古屋・福岡の地図でははっきり見えました。一方で、「地価が高いのは高台」とは言えず、最も高い地価は4都市とも、低地にある駅前の商業地でした。 水害が理由だったかどうかは、地図だけでは決められません。以下、順に見ていきます。
先に押さえておく:「山の手・下町」の由来と、水害説の位置づけ
調べた範囲では、次のように整理されています。
- 江戸・東京の「山の手」は、武蔵野台地の東の端にあたる高台で、「下町」は東京低地にあたります。江戸のはじめには、台地の上に江戸城と武家地が、低地の埋め立て地に町人地が置かれたとされます。
- ただし、「水害を避けて高台に住んだ」と直接書いた史料は、今回は見つけられませんでした。武家屋敷の配置は、江戸城からの距離や序列が主な理由として語られています。
- 台地は水を得にくい土地でもありました。玉川上水(1653年)は台地の高い所を通って江戸の市中に水を送り、一方、低地の埋め立て地では井戸水に塩気が混じったとされます。
- 江戸の中期以降は土地が足りなくなり、低地にも武家屋敷が、山の手にも町人町ができて、「高台は武家、低地は町人」という図式は崩れていきます。
- 明治になると、武家屋敷の跡が官僚・軍人・財界人のものになりました。阪神間では、鉄道の開通と、眺望や衛生(「健康な田園生活」)が、六甲山麓の住宅地開発を後押ししたとされます。
つまり、「高台=水害を避けるため」は、わかりやすい一方で、確かな裏づけは見つかっていません。上水、城との距離、鉄道、眺望、地盤、衛生など、いくつもの理由が重なっていたようです。以上は公開されている資料や解説にもとづく整理で、原典までは確認できていない点もあります。
そこで、今回は「歴史」ではなく、「いまの地図」に何が現れているかを見ます。
見る範囲と、数字の出し方
どの都市も、東西およそ10km、南北およそ5.5kmの範囲を、4枚とも同じ位置で表示しています(縮尺は画像左下のスケールバーで確認できます)。画像の色は、表示範囲の中で自動的に割り当てられるため、都市どうしで色を比べることはできません。たとえば大阪の薄い緑は、東京の青と同じくらい低い土地です。
図に加えて、次の数字を出しました。
- 標高:国土地理院の標高API(地図の標高データ)で、地点ごとに取得しました。
- 地価:画面内の地点について、標高ごとの中央値(1㎡あたり)を比べました。「住宅系」は用途に「住宅」を含み、店舗・事務所などを含まない地点、「商業系」は店舗・事務所・銀行・ホテルなどを含む地点としています。
- 犯罪:約400m四方のマス目ごとに発生地点の数を数え、標高の帯ごとの平均を比べました。
- 用途地域:同じマス目の中心の用途地域を調べ、標高の帯ごとの割合を出しました。
標高の帯は、5m未満・5〜15m・15m以上の3つに分けています。
1. 東京:高台に住居専用の街、低地に商業地

代表的な地点の標高は、番町が約30m、本郷が約23m、目白が約25m。いっぽう、日本橋と銀座は約4m、浅草も約4mです。
- 標高:西側(新宿区・文京区側)の台地が赤茶色、谷が入り組み、東の台東区・墨田区は青い低地です。「山の手」と「下町」が、地形としてはっきり分かれています。
- 地価:濃い赤の点(高い地価)が集まるのは、丸の内から日本橋・銀座にかけての低地です。台地の側にも点はありますが、色は薄めです。
- 犯罪:大きな円は、都心から東側(中央区・台東区の側)の繁華街・低地側に多く見えます。
- 用途:台地の側には、第一種低層住居専用地域(濃い緑)や中高層住居専用地域(青)が目立ちます。低地はピンク(商業系)が広がり、一部に工業系の用途も混じります。
数字で見ると、次のとおりでした。
- 住居専用系の用途地域が占める割合は、15m以上の土地で43%、5〜15mで11%、5m未満で0%でした。
- 住宅系の地価(中央値)は、5m未満で約67万円/㎡、5〜15mで約110万円/㎡、15m以上で約144万円/㎡と、高いほど上がります(地点数は13・9・39)。
- 一方、商業系の最高値は、5m未満の低地で約3,760万円/㎡、15m以上では約771万円/㎡でした。
- 犯罪の発生地点は、マス目あたりの平均で、5m未満が17.0、5〜15mが8.7、15m以上が5.8でした。
東京は、「高台に裕福な住宅地」という見立てに、最もよく合う都市です。ただし、最も高い地価は、高台ではなく、低地のオフィス街にあります。
2. 名古屋:栄は台地、名駅は低地、東は丘陵

代表的な地点の標高は、名古屋駅が約2m、栄が約13m、名古屋城が約12m、東の覚王山が約48mです。
- 標高:西から東へ、低地、台地(名古屋城や栄のある高さ)、丘陵(東山・覚王山)と、段階的に高くなります。
- 地価:濃い点は、名駅と栄の周辺に集中しています。東の丘陵側は薄い色です。
- 犯罪:大きな円は、名駅から栄にかけての繁華街側(左側)に集まり、東の丘陵では小さな円が散らばる程度です。
- 用途:左は商業系のピンク。東の丘陵は、緑や青など、住居系の用途が広がります。
数字で見ると、次のとおりでした。
- 住居専用系の割合は、15m以上で41%、5〜15mで5%、5m未満で0%でした。
- 住宅系の地価(中央値)は、5m未満が約24万円/㎡(12地点)、5〜15mが約41万円/㎡(17地点)、15m以上が約33万円/㎡(50地点)。標高との関係はほとんどありません(順位相関は−0.11)。
- 商業系の最高値は、5m未満で約1,990万円/㎡、15m以上で約172万円/㎡でした。
- 犯罪の発生地点は、マス目あたり、5m未満が18.6、5〜15mが26.6、15m以上が5.8でした。
名古屋の面白いところは、都心の栄が低地ではなく、台地(約13m)の上にあることです。低いのは名古屋駅のあたりで、栄は台地です。「低地=庶民」という単純な図式は、ここでは当てはまりません。
3. 大阪:上町台地の高さと、低地の商業地

代表的な地点の標高は、大阪城が約38m、天王寺が約17mです。いっぽう、梅田は約0.4m、本町が約2m、難波が約3mです。
- 標高:南北に延びる赤茶色の帯が上町台地です。西の船場・難波側は、ほとんど標高のない低地で、青い部分は、特に低いところです。
- 地価:濃い点が集まるのは、台地の上ではなく、**台地の西側の低地(船場から難波)**です。
- 犯罪:大きな円は、難波周辺(低地)に集まっています。
- 用途:低地は商業系と工業系が広く、台地の側は住居系と商業系が混じります。第一種低層住居専用地域など、住居専用系は、大阪ではこの範囲にほとんどありません。
数字で見ると、次のとおりでした。
- 住宅系の地価(中央値)は、5m未満が約26万円/㎡(46地点)、5〜15mが約66万円/㎡(8地点)、15m以上が約68万円/㎡(5地点)。上の帯は地点数が少ないため、参考程度にしてください(順位相関は+0.19)。
- 商業系の最高値は、5m未満で約2,580万円/㎡、15m以上で約422万円/㎡でした。
- 犯罪の発生地点は、マス目あたり、5m未満が41.4、5〜15mが32.6、15m以上が33.1で、標高による差はあまり見えません。
大阪では、高い地価が低地の商業地に集まる点は他の都市と同じですが、台地の上でも犯罪の発生が少なくはなく、「高台は静か」と言い切れる結果ではありませんでした。
4. 福岡:高台の住宅は、むしろ地価が控えめ

代表的な地点の標高は、高宮が約35m、桜坂が約25m。いっぽう、天神と大濠公園が約4m、博多駅が約4m、西新と薬院が約3mです。
- 標高:福岡の都心は、博多湾沿いのほぼ平らな低地です。南の高宮・平尾のあたりに丘陵が赤茶色に広がります。
- 地価:濃い点は、天神から博多駅周辺の低地に集まります。丘陵の側は、薄い色が目立ちます。
- 犯罪:大きな円は、天神・中洲・博多駅の周辺に集中しています。
- 用途:北は商業系のピンク。南の丘陵には、緑や青の住居専用系が広がります。
数字で見ると、次のとおりでした。
- 住居専用系の割合は、15m以上で93%、5〜15mで17%、5m未満で10%。4都市で最も、高台に住居専用の街が集まっています。
- 住宅系の地価(中央値)は、5m未満が約56万円/㎡(44地点)、5〜15mが約28万円/㎡(40地点)、15m以上が約20万円/㎡(19地点)で、低いほど高い結果でした(順位相関は−0.65)。
- 犯罪の発生地点は、マス目あたり、5m未満が76.6、5〜15mが41.5、15m以上が12.4でした。
福岡では、「高台は静かな住宅地」という姿は見えますが、「高台のほうが地価が高い」とは言えません。天神や薬院に近い低地の住宅地の地価が高く、この範囲では、そうした都心に近い地点の値段が、丘陵の住宅地を上回ったと考えられます。
4都市をまとめる
| 東京 | 名古屋 | 大阪 | 福岡 | |
|---|---|---|---|---|
| 住居専用系の割合(15m以上/5m未満) | 43%/0% | 41%/0% | 4%/0% | 93%/10% |
| 住宅系の地価(中央値)の傾向 | 高いほど上がる | ほぼ関係なし | 参考程度(地点少) | 低いほど高い |
| 商業系の最高値がある標高 | 5m未満 | 5m未満 | 5m未満 | 5m未満 |
| 犯罪地点の多さ(マス目あたり) | 低地ほど多い | 低地〜台地が多く、丘陵は少ない | ほぼ差なし | 低地ほど多い |
仮説の検証:何が言えて、何が言えないか
仮説1:高台には住居専用の落ち着いた街が集まる。 東京・名古屋・福岡では、はっきり支持されました。大阪は、上町台地が細く、住居専用系の用途自体がこの範囲では少ないため、確認できませんでした。
仮説2:裕福な人の住む場所=地価が高い場所は、高台である。 そのままでは支持されません。最も高い地価は、4都市とも低地の駅前の商業地にありました。住宅地に限っても、標高と地価が連動するのは東京だけで、名古屋は関係が弱く、福岡は逆でした。ただし、地価は「裕福さ」そのものではなく、あくまで土地の値段です。
仮説3:低地は犯罪が多い。 件数は、東京・福岡・名古屋では低地側に多く見えました。しかし、これは、低地に駅前・繁華街・人の集まる場所があるためと考えるのが自然で、標高そのものの影響とは言えません。件数は住民の数や人通りでも変わるため、地域の安全性を比べるものではありません。
仮説4:高台に住んだのは、水害を避けるためだった。 標高が低いほど水に浸かりやすいという意味では、筋の通った話です。ただ、今回の地図には浸水の履歴や想定を重ねていませんし、歴史の面でも、水害を理由として書いた史料は見つかっていません。私は、水害は理由のひとつだったかもしれないが、それだけでは説明できないと考えています。上水の確保、眺望、地盤、鉄道、衛生、そして明治以降に誰がその土地を引き継いだかなど、いくつもの要因が重なって、いまの地図ができているように思います。
もっと言えば、地図が示すのは「結果として、いま高台に何があるか」です。「なぜそこに住んだのか」という原因までは、地図だけでは決められません。
この記事の限界
- 範囲は、4都市それぞれ、東西約10km・南北約5.5kmの1画面分です。都市全体の傾向ではありません。
- 地価は、地価公示・都道府県地価調査の地点にもとづきます。地点の数が少ない帯(大阪の15m以上など)は、参考程度です。「住宅系」「商業系」の区分は、地点の用途の記載から機械的に分けたもので、記載のゆれによる誤分類があり得ます。
- 犯罪は、地図に収録された発生情報の件数で、発生率ではありません。公開されている範囲や年は、都道府県によって異なるため、都市どうしの件数は比べられません。
- 標高は、国土地理院の標高データです。代表的な地点は、私が選んだおおよその位置のため、数mの違いは出ます。
- 色分け等高線の色は、表示範囲ごとに自動で割り当てられるため、都市どうしでは比べられません。
- 「山の手・下町」の由来の部分は、公開されている資料や解説の整理で、一部は原典を確認していません。
ご自身の地域や、調査中の土地でも、4分割表示(Starter以上)に標高・地価・犯罪・用途地域を並べると、同じような見比べができます。ご意見・ご質問は info@maprise.jp までお気軽にお寄せください。
本記事の画像は、MAPRISEの4分割表示の画面から地図の部分を切り出したものです。各地図の見出しは、わかりやすいよう表示名を書き換えています。標高は国土地理院、地価は国土交通省の地価公示・都道府県地価調査(2024年)、犯罪発生は警察庁オープンデータ、用途地域は都市計画のデータをもとにVulcanz合同会社が加工した参考情報で、個別の土地の価値や安全性を保証するものではありません。地図の一部はOpenStreetMap contributorsおよび国土地理院の提供によります。
タグ: #山の手 #下町 #標高 #地価 #犯罪 #用途地域 #4分割表示 #東京 #名古屋 #大阪 #福岡
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