逗子の斜面崩落事故の続編です。擁壁の修繕・管理は、行政や管理会社ではなく、土地を持つ人の責任です。買うときの重要事項説明で説明される項目と、法令の条文に出てこない項目を整理し、札幌・神戸・箕面・世田谷など都市の住宅地について、地価・標高・土砂災害警戒区域(イエローゾーン)を並べて確かめました。
こんにちは、MAPRISE開発チームです。
前編では、神奈川県逗子市で起きた斜面崩落事故をきっかけに、崖の上の不動産を持つ人が、足元の斜面や擁壁にどんな責任を負うのかを整理し、全国15都市で、色の急変する崖の縁に警戒区域(イエローゾーン)がかかる場所を探しました。
この続編では、さらに一歩進めて、買う前に何を確かめればよいのかを扱います。眺望のよい高台の家は魅力的ですが、「眺めがよい」「高台で水害に強そう」だけで決めると、足元の擁壁という、見えにくいリスクを見落とすおそれがあります。
この記事のポイント
- 擁壁の修繕・維持管理は、行政や管理会社が代わりに行うものではなく、土地・建物を持つ人(所有者・管理者・占有者)の責任です。
- 不動産会社が行う重要事項説明では、物件が土砂災害警戒区域内かなどは説明されますが、擁壁の劣化状況や修繕履歴は、法令の条文に説明項目として出てきません。自分で確かめる必要があります。
- 「高台」「眺望」「地価の高さ」は、安全の目安になりません。地価が最高水準の住宅地にも、地価が低い住宅地にも、イエローゾーンはあります。
- MAPRISEなら、色分け等高線・地価・警戒区域を同じ位置で並べて、この土地は崖の上なのか、下なのか、区域に入るのかを、買う前に確かめられます。
擁壁の修繕は、持ち主の責任です
民法:所有者は、過失がなくても責任を負う
民法第717条は、土地の工作物(擁壁を含みます)の設置や保存に欠陥があって他人に損害を生じたとき、まず工作物の占有者が賠償責任を負い、占有者が損害の発生を防ぐのに必要な注意をしていたときは、所有者が賠償しなければならないと定めています。所有者の責任には、過失の有無を問わない無過失責任という性格があります。
自分で住む家の擁壁であれば、所有者と占有者は同じ人です。賃貸に出している場合でも、借りている人が必要な注意を尽くしていれば、貸している所有者が責任を負うことになります。
宅地造成及び特定盛土等規制法:維持管理は、土地を持つ人の努力義務
2023年に施行された「宅地造成及び特定盛土等規制法(盛土規制法)」には、擁壁の維持管理に関する規定があります。
| 条 | 内容(要旨) |
|---|---|
| 第22条 | 宅地造成等工事規制区域内の土地の所有者・管理者・占有者は、災害が生じないよう、その土地を常時安全な状態に維持するように努めなければならない。都道府県知事は、必要があると認めるときは、擁壁等の設置・改造などの措置を勧告できる |
| 第23条 | 擁壁等が設置されておらず、または極めて不完全で、放置すれば災害のおそれが大きいときは、知事は所有者等に、擁壁等の設置・改造のための工事を行うよう命ずることができる(改善命令) |
| 第46条 | 造成宅地防災区域内の造成宅地の所有者・管理者・占有者は、擁壁等の設置・改造など必要な措置を講ずるよう努めなければならない |
つまり、行政の役割は、区域を指定し、必要なときに勧告や命令を出すことです。擁壁を直す費用と手間は、土地を持つ人が負うのが、法律の基本的な考え方です。なお、第22条は規制区域の中の土地に関する規定で、規制区域の外でも、民法の責任は同じように生じます。
買うときの重要事項説明で、説明されること・条文に出てこないこと
不動産会社から買う場合、契約前に、宅地建物取引士から重要事項説明を受けます。ここで何が説明され、何が条文に出てこないのかを、法令の原文で確認しました(宅地建物取引業法、同法施行令、同法施行規則の条文)。
| 確認したいこと | 法令上の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 造成宅地防災区域の中か | 説明項目(売買・交換の宅地・建物) | 施行規則第16条の4の3 第1号 |
| 土砂災害警戒区域の中か | 説明項目(同上) | 施行規則第16条の4の3 第2号 |
| 土砂災害特別警戒区域・急傾斜地崩壊危険区域・盛土規制法の規制区域などの制限 | 法令に基づく制限の概要を説明 | 宅建業法第35条第1項第2号、施行令第3条 |
| 擁壁の劣化状況・修繕履歴・検査済証の有無 | 条文に「擁壁」の語が出てこない(宅建業法・施行令・施行規則の全文を検索して、いずれも0件) | - |
| 眺望・将来の眺望の遮蔽 | 条文に「眺望」の語が出てこない(同上、0件) | - |
警戒区域内かどうかは必ず説明されますが、擁壁そのものの状態は、法定の説明項目として挙げられていません。「重要事項説明で問題なしと言われた」だけでは、擁壁が安全かどうかはわからない、と考えられます。
自分で確かめたい項目
擁壁のある土地・家を検討するときは、重要事項説明とは別に、次の点を売主・不動産会社・役所に確かめておくと安心です。
- 擁壁の高さと構造:高さ2mを超える擁壁は、建築基準法上、工作物としての確認申請が必要とされています(新宿区の案内)。鉄筋コンクリートか、ブロックや石積みかも確認します。
- 確認済証・検査済証の有無:検査済証を受けていない2m超の擁壁は、がけ条例上、「がけ」として扱われる場合があります(船橋市の案内)。扱いは自治体ごとに異なるため、建築指導課などに照会します。
- 誰の擁壁か:敷地の境界上の擁壁が、自分の土地のものか、隣の土地のものか。修繕の費用負担や、同意の取り方に関わります。
- ひび割れ・はらみ・水抜き穴の詰まり・排水の状態:現地で、壁面や足元を見ます。専門家(建築士・擁壁の診断ができる事業者)に見てもらうのも一つの方法です。
- 過去の補修・点検の記録:売主に、図面や工事の履歴を問い合わせます。
- 自分の敷地は、崖の上か、下か:上なら、擁壁の維持管理の責任を負う側です。下なら、上の土地から土砂や擁壁が崩れてくるリスクを、被害を受ける側として考えることになります。
眺望と高台だけで判断しない
「眺望がよい」ことと、「その土地が安全である」ことは、別の話です。眺めのよい場所は、周囲より高い場所、つまり崖や急な斜面の近くであることが少なくありません。
| 見落としやすい考え方 | 実際は |
|---|---|
| 高台だから、水害には強い | 洪水には強い面がありますが、土砂災害は、傾斜のある場所で起きます |
| 地価が高い高級住宅地だから、安全だろう | 区域の指定は、傾斜や高さなど、地形の条件で決まります。地価の高低とは関係しません |
| 重要事項説明で問題ないと言われた | 擁壁の状態は、説明項目に含まれていません |
| 擁壁があるから大丈夫 | 擁壁は、老朽化や排水不良で、機能しなくなることがあります |
地価・高台・住宅地・イエローゾーンを、都市別に並べて確かめる
ここからは、MAPRISEで色分け等高線(左)と土砂災害警戒区域(右)を2分割で並べ、さらに地価(地価公示・都道府県地価調査、2024年)を重ねて確かめた、都市の住宅地の例です。
見方の注意:地価は、画面の範囲にある地価公示・地価調査の地点の値で、警戒区域の中の土地の価格ではありません。住宅地として使われている地点だけを数えています(店舗や事務所を兼ねる地点は除きます)。公示と調査では、価格時点が異なります。標高は、国土地理院の標高APIの概数です。
札幌:山すそに広がる住宅地(中央区・宮の森付近)

画面の山の標高点は237m。すぐ下の住宅地は標高150m台で、画面の北東側の低い場所は60m前後です。右の画面では、山の斜面に、赤い特別警戒区域(レッドゾーン)が大きく広がり、黄色の警戒区域がその縁を囲んでいます。赤い区域のすぐ下に、住宅の並ぶ道があります。
画面の範囲にある住宅地の地価は、宮の森1条14丁目で**112,000円/㎡**でした(地価公示)。地価の水準と、区域の重さは、関係しないことがわかる例です。
神戸:住吉川の山側(東灘区・西岡本〜住吉本町)

住吉川に沿って、山から市街地へ向かって標高が下がる地形です。画面の南東側は標高20m台、北へ約1.4kmで、標高は90〜140m台になります。右では、**黄色の大きな扇形(土石流の警戒区域)**が、川を挟んで広がっています。
画面の範囲にある住宅地の地価は、161,000円/㎡(西岡本7丁目)〜625,000円/㎡(岡本9丁目)で、同じ画面の中で約4倍の差がありました(住吉山手2丁目450,000、西岡本5丁目454,000、御影郡家1丁目495,000円/㎡など)。山側の地点(西岡本7丁目)ほど低く、眺めのよい山側の家と、市街地の家とでは、価格も、リスクの出方も違います。
箕面:箕面駅の北、山麓の住宅地(箕面市)

箕面駅付近の標高は約80mで、北へ約800mで、標高は240m台に達します。右では、駅の北の谷に沿って黄色の帯が連なり、駅の東側には、大きな扇形(土石流の警戒区域)も見えます。
画面の範囲にある住宅地の地価は、**158,000円/㎡(箕面2丁目)〜284,000円/㎡(箕面6丁目)**です。駅のすぐ近くにも、区域がかかる場所があることがわかります。
世田谷:等々力渓谷の谷沿い(世田谷区・等々力〜野毛)

東京の23区内にも、起伏のある場所があります。等々力渓谷は、台地(標高30m前後)に刻まれた谷で、谷底は標高20m台前半。落差は10m足らずですが、右では、谷に沿って赤と黄色の帯が、細長く連なっています。
画面の範囲にある住宅地の地価は、**613,000円/㎡(野毛1丁目)〜857,000円/㎡(上野毛1丁目)**です。高低差が小さくても、谷や崖線の縁では、区域が指定されることがあります。「23区内の平らな住宅地」というイメージだけでは、見落とす場所です。
前編と今回の場所の地価の一覧
前編で取り上げた場所の、同じ基準(住宅地の地点・2024年)での地価も、あわせて確認し、今回の場所と並べました。
| 場所 | 画面の範囲の住宅地の地価(円/㎡) | 区域の見え方 |
|---|---|---|
| 東京・港区の麻布 | 2,450,000〜2,970,000 | 台地の縁に沿って、黄色の帯が連なる |
| 横浜・中区の山手 | 294,000〜820,000 | 台地の縁に、黄色と赤の区域が点在 |
| 福岡・長丘周辺 | 138,000〜186,000 | 丘の縁に、黄色と赤の帯が連なる |
| 札幌・宮の森(今回) | 112,000(1地点) | 斜面に、赤い特別警戒区域が広がる |
| 神戸・東灘区(今回) | 161,000〜625,000 | 川を挟んで、黄色の大きな扇形が広がる |
| 箕面(今回) | 158,000〜284,000 | 谷に沿って黄色の帯、東側に扇形 |
| 世田谷・等々力(今回) | 613,000〜857,000 | 谷に沿って、赤と黄色の細い帯 |
地価は、約11万円/㎡から約297万円/㎡まで、20倍以上の開きがあります。それでも、どの場所にも、警戒区域はある。地価の高さが、そのまま、足元の安全を示すわけではありません。
買う前に、地図でここまで確かめる
MAPRISEでは、気になる土地について、次の順で確かめられます。
- 色分け等高線を表示して、その土地が、崖や急な坂の上か、下かを見ます。
- 2分割表示にして、もう一方の画面に土砂災害警戒区域を表示し、同じ位置・同じ縮尺で、区域との位置関係を確かめます。
- 地価を重ねて、周辺の地価公示・地価調査の値と、その場所が、区域の近くにあるかを見比べます。
- 区域に近い、または高低差が大きいと分かったら、重要事項説明の前に、擁壁の状態、確認済証・検査済証、区域内外の公式の資料を、売主・不動産会社・役所に確認します。
2分割表示は、無料のFreeプランでも使えます(4分割表示はStarter以上です)。地価は、Freeでは直近3年分を表示できます(Starter・Proは10年分、Businessは全期間)。プランごとの条件は、料金ページで確認できます。表示できるデータはレイヤー一覧、データの出典はデータソースをご覧ください。
MAPRISEなら、土地選びの「崖リスク」を、買う前に、自分で確かめられます。 MAPRISEを開く
この記事の限界
- 警戒区域は、調査時点の概略の範囲で、区域外が安全という意味ではありません。画面は、ハザードマップポータルサイトのタイルを表示したもので、境界の位置は、正確ではない場合があります。
- 地価は、画面の範囲にある地点の値で、警戒区域の中の個別の土地の価格や、売買の価格を示すものではありません。地価公示と都道府県地価調査では、価格時点が異なります。
- 標高は、国土地理院の標高データから取得したおおよその値で、数mの誤差があります。
- 法令の整理は、記事作成時点(2026年10月)の条文をもとにしたもので、個別の取引の判断を示すものではありません。擁壁や契約の具体的な判断は、宅地建物取引士・建築士・弁護士などの専門家と、役所の窓口に確認してください。
- 取り上げた場所は、特定の物件や所有者を指すものではありません。各地点は、私たちが色の急変する場所を選んだもので、都市全体の傾向ではありません。
- 画像は、見やすさのため、凡例を畳んだ状態で撮影しています。
関連する話題として、前編:崖の上に建つ不動産と擁壁の管理、盛土規制区域と大規模盛土、斜面に連なる太陽光パネルと、がけ崩れの警戒区域、山の手と下町の標高比較もあわせてご覧ください。ご意見・ご質問は info@maprise.jp までお気軽にお寄せください。
出典
- 宅地造成及び特定盛土等規制法(e-Gov法令検索):第22条、第23条、第46条
- 宅地建物取引業法(e-Gov法令検索):第35条
- 宅地建物取引業法施行令(e-Gov法令検索):第3条
- 宅地建物取引業法施行規則(e-Gov法令検索):第16条の4の3
- 民法(e-Gov法令検索):第717条
- 新宿区:擁壁の工作物確認申請の案内 / 船橋市:がけ条例と検査済証の案内(上記リンク)
- 国土交通省 地価公示、都道府県地価調査(2024年)
- 国土交通省・国土地理院 ハザードマップポータルサイト(土砂災害警戒区域)
- 国土地理院 標高API、色分け標高図
本記事の画像は、MAPRISEの2分割表示(左:色分け等高線、右:ハザードマップポータルサイトの土砂災害警戒区域)の画面です。標高は国土地理院、地価は国土交通省、警戒区域は国土交通省・国土地理院のデータをもとにVulcanz合同会社が加工した参考情報で、個別の土地の安全性や価値を保証するものではありません。地図の一部はOpenStreetMap contributorsおよび国土地理院の提供によります。
タグ: #擁壁 #土砂災害警戒区域 #イエローゾーン #重要事項説明 #地価 #高台 #眺望 #宅地造成及び特定盛土等規制法 #土地工作物責任 #札幌 #神戸 #箕面 #世田谷 #色分け等高線 #2分割表示
他言語のシェアテキスト (例外運用向け)
通常は上の Quick share をご利用ください (X 系は日本語、LinkedIn は英語に固定)。下の 4 ペインは「英語記事を X で日本語紹介したい」「日本語記事の LinkedIn 投稿を日本語で出したい」等の例外運用に使えます。各テキストはコピー編集してから投稿することも、そのまま投稿画面を開くこともできます。
📝 崖の上の家は、眺望と高台だけで選んではいけない ― 擁壁の責任、重要事項説明、地価とイエローゾーンを都市別に確かめる【続編】 逗子の斜面崩落事故の続編です。擁壁の修繕・管理は、行政や管理会社ではなく、土地を持つ人の責任です。買うときの重要事項説明で説明される項目と、法令の条文に出てこない項目を整理し、札幌・神戸・箕面・世田谷など都市の住宅地について、地価・標高・土砂災害警戒区域(イエローゾーン)を並べて確かめました。 https://maprise.jp/ja/blog/cliff-land-price-view-retaining-wall/ #擁壁 #土砂災害警戒区域
🆕 新しいブログ記事を公開しました。 《崖の上の家は、眺望と高台だけで選んではいけない ― 擁壁の責任、重要事項説明、地価とイエローゾーンを都市別に確かめる【続編】》 逗子の斜面崩落事故の続編です。擁壁の修繕・管理は、行政や管理会社ではなく、土地を持つ人の責任です。買うときの重要事項説明で説明される項目と、法令の条文に出てこない項目を整理し、札幌・神戸・箕面・世田谷など都市の住宅地について、地価・標高・土砂災害警戒区域(イエローゾーン)を並べて確かめました。 👉 詳しくはこちら: https://maprise.jp/ja/blog/cliff-land-price-view-retaining-wall/
📝 Don't Choose a Cliff-Top Home on View and Elevation Alone: Retaining Walls, Disclosure Rules, Land Prices and Yellow Zones, City by City (Part 2) A sequel to our article on the Zushi slope collapse. Mainta… https://maprise.jp/en/blog/cliff-land-price-view-retaining-wall/ #retainingwall #sedimentdisasterwarningarea
🆕 New on the MAPRISE blog. 《Don't Choose a Cliff-Top Home on View and Elevation Alone: Retaining Walls, Disclosure Rules, Land Prices and Yellow Zones, City by City (Part 2)》 A sequel to our article on the Zushi slope collapse. Maintaining a retaining wall is the responsibility of the person who holds the land, not the government or a management company. We sort out what is covered in the pre-contract property disclosure and what the statutes do not mention, then compare land prices, elevation and sediment disaster warning areas (yellow zones) in residential areas of Sapporo, Kobe, Minoh and Setagaya. 👉 Read the full post: https://maprise.jp/en/blog/cliff-land-price-view-retaining-wall/ #retainingwall #sedimentdisasterwarningarea #yellowzone #propertydisclosure #landprice