堤防にかさ上げを重ねた結果、川の底が周囲の街より高くなった川を「天井川」と呼びます。大阪・神戸圏の芦屋川・住吉川、滋賀の旧草津川、名古屋の庄内川、東京の荒川を、標高図と国の洪水浸水想定で見比べ、防災を考える手がかりにします。
こんにちは、MAPRISE開発チームです。
川は低いところを流れる、と私たちは思いがちです。ところが日本には、川の底が、周囲の街の地面より高いところを流れている川があります。「天井川(てんじょうがわ)」と呼ばれます。堤防が壊れたり、水があふれたりしたとき、水は街に向かって流れ込みます。しかも、いったん街にたまった水は、川に戻りにくくなります。
この記事では、大阪・神戸、京都に近い滋賀、名古屋、東京という大都市圏の近くの例を、MAPRISEの地図で見てみます。標高図で「川と街の高さの関係」を確かめ、国の洪水浸水想定とあわせて、防災を考える手がかりにしたいと思います。
天井川は、どうしてできるのでしょうか
天井川は、砂や礫(れき)が積もって、川底が周囲の平地より高くなった川です。できる仕組みは、次のとおりと説明されています。
- 洪水を防ぐために、川に堤防をつくります。
- 堤防で流れる場所が固定されると、川に運ばれた土砂が、決まった場所に積もり続けます。
- 川底が上がると、洪水が心配になるため、堤防をさらに高くします。
- これを繰り返すと、川底が周囲の街より高くなります。
上流に、風化しやすい花崗岩の山があるなど、土砂が多く出てくる川で起こりやすいとされています。Wikipediaによると、2014年の時点で、全国29都道府県に少なくとも240の天井川があり、そのうち122が関西地方、81が滋賀県に集中しています。
先に、言葉の使い方についてお伝えします
「天井川」の定義には幅があります。地形の解説では、扇状地やその先端にできた、比較的小さな川を指すことが多いとされています。一方、名古屋の庄内川のように、広い平野を流れる大きな川は、天井川に分類されるものの、扇状地の天井川とは区別して扱う資料もあります。また、東京の荒川は、一般に天井川と呼ばれる川ではありません。
この記事では、扇状地にできた天井川(阪神間、滋賀)と、広い平野で、堤防によって水位が街の地面より高くなりうる川(名古屋、東京)を、区別して紹介します。大都市圏の暮らしにとっては、どちらも「川の水位が、街の地面より高くなりうる」という、同じ心配があるためです。
また、本記事の標高の数値は、国土地理院の5mメッシュ標高から、MAPRISEの地図の範囲で断面を取って計算した概数です。堤防の頂は幅が狭いため、実際の高さと数メートル違う場合があります。測る場所によっても数値は変わります。
1. 大阪・神戸圏 ― 芦屋川・住吉川
阪神間の六甲山の南側には、芦屋川、住吉川、石屋川、夙川(しゅくがわ)など、天井川が並んでいます。これらの川の下を、JR東海道本線が川底の下のトンネルでくぐります。1871年に完成した石屋川のトンネルは、日本で最初の鉄道用トンネルとされています(高架化で現在は残っていません)。住吉川と芦屋川の川底トンネルは、今も使われているとされています。
まず、芦屋川の周辺を、MAPRISEの色別標高図で見ます。青緑色が低く、黄緑色から黄色が高い場所です。

次に、同じ場所を白黒の陰影起伏図にします。凹凸が光と影で表され、川の筋が、街の中に細長い尾根のように盛り上がっている様子がよく分かります。

住吉川(神戸市東灘区)も、同じように見てみます。

標高を断面で測ると、芦屋川では、周囲の地面が約2mのところで、川の中央部が約3m、堤防の頂が約6mでした。住吉川では、周囲の地面が約13m、川の中央部が約15m、堤防の頂が約21mでした(この断面では)。川の水が流れる中央部が、すでに周囲の街より高いところにあることが分かります。
次に、国の洪水浸水想定です。MAPRISEでは、国土交通省のハザードマップポータルサイトのデータを表示しています。まず、想定最大規模(想定しうる最大規模の大雨)です。

同じ場所で、計画規模(河川整備の目標とする大雨)を表示すると、様子が変わります。

計画規模では、浸水想定の色がほとんど出ません。想定最大規模では、市街地の広い範囲に色が出ます。 川の整備が想定する雨では、あふれにくくても、それを超える雨のときには、堤防の内側で広く浸水する、という見方ができます(なお、この画面では、色が出ないことが、安全を意味するわけではありません)。
住吉川の周辺でも、想定最大規模では、河口に近い市街地に、同じように浸水想定の色が広がります。

2. 京都・大阪に近い滋賀 ― 旧草津川
滋賀県は、天井川の数が日本で最も多いとされる県です。県庁所在地の大津の東隣にある草津市には、かつて、草津川という典型的な天井川がありました。JRの東海道本線(琵琶湖線)が、川底の下をくぐっていました。草津川は、2002年に新しい放水路が完成して、天井川の区間が廃川になりました。
その跡を、陰影起伏図で見てみます。川の跡が、田畑の中に、細長く盛り上がって残っていることが分かります。

色別標高図でも、この線が、平らな土地の中に見えます。

断面で測ると、周囲の地面が約94mのところで、旧河床が約101m、堤防の跡の頂が約104mでした。今も、周囲の地面より、約7mから10m高い土手が残っていることになります。別の資料では、天井川だった当時、草津市の中心近くで、周りの土地から5〜6mも高いところを流れていたと紹介されています。測る場所によって、数値に違いが出ます。
洪水浸水想定(想定最大規模)では、草津市の平野の広い範囲に、床下浸水程度(0.5m未満)を示す色が広がっています。

廃川になった旧草津川は、現在は洪水を流す川ではありません。それでも、堤防が地形として残っているため、周囲の土地の高低を知る手がかりになります。
3. 名古屋 ― 庄内川・矢田川
名古屋市の北部を流れる庄内川は、国土交通省の資料で「中下流部は低平地で天井川であり、水害が起きやすい地形」と紹介されています。庄内川の下流部では、河口付近を干拓して流路が延びたために、川の流れが悪くなり、川底が少しずつ上がって、洪水が頻発するようになった、とされています。江戸時代の1784年(天明4年)には、洪水の被害を減らすために、新川の開削などの治水事業(「天明の治水」)が行われました。
先に述べたとおり、庄内川は、扇状地の天井川とは区別して扱う資料もあり、広い平野を流れる大きな川で、堤防によって水位が街の地面より高くなりうる川です。今回、名古屋では、断面の標高の数値までは測っていません。MAPRISEの色別標高図で、庄内川と、その支流の矢田川(名古屋市守山区付近)を見てみます。

次に、洪水浸水想定(想定最大規模)です。

庄内川と矢田川の周辺の低地は、広い範囲が、浸水の深さ3m以上を示す濃い色で覆われています。一方、東側の台地の上は、ほとんど色がありません。川からの距離だけでなく、土地の高さで、想定が大きく変わることが、この地図から分かります。
4. 東京 ― 荒川(葛飾区・足立区)
東京で、扇状地にできる典型的な天井川を、今回の調査では確認できませんでした。荒川も、一般に天井川と呼ばれる川ではありません。それでも、東京の東部には、川の水位が、街の地面より高くなりうる場所があります。荒川の下流部です。
墨田区、江東区、足立区、葛飾区、江戸川区の「江東5区」は、面積の大部分が満潮位(満潮のときの海面)以下の土地とされています。堤防で守られている、とも言い換えられる土地です。
荒川の周辺を、色別標高図で見ます。青緑色が低く、青色がさらに低い土地です。

断面で測ると、川の両側の市街地は、標高がおよそマイナス0.5m、つまり海抜ゼロメートルより低いところでした。荒川の堤防の頂は、最大で約8mです。水が堤防を越えたり、堤防が壊れたりしたとき、街に向かって水が流れ込むことになります。
洪水浸水想定(想定最大規模)では、荒川沿いの広い範囲に、浸水の深さが3m以上を示す色が広がっています。

計画規模でも、同じ範囲に、広く色が出ます。

阪神間のように、計画規模では色がほとんど出ない場所とは違い、荒川沿いは、より頻度の高い大雨でも、広く浸水する想定になっています。江東5区は、荒川の洪水と東京湾の高潮が重なる大規模水害を想定して、広域避難の計画をつくっています。江戸川区の資料によると、水害の約3日前(72時間前)を目安に5区が共同で検討を始め、約1日前に、広域避難の情報を出すことを目指す、とされています。
ここまでの数値を、並べてみます
断面で測った標高を、1枚の図にまとめました。茶色が地面、赤い破線が堤防の頂、緑の破線が周囲の街の地面です。

| 川 | 周囲の街の地面 | 川の中央部 | 堤防の頂 |
|---|---|---|---|
| 芦屋川(兵庫県芦屋市) | 約2m | 約3m | 約6m |
| 住吉川(神戸市東灘区) | 約13m | 約15m | 約21m |
| 旧草津川(滋賀県草津市) | 約94m | 約101m | 約104m |
| 荒川(東京都葛飾区・足立区付近) | 約マイナス0.5m | 水面のため測れず | 最大約8m |
荒川の川の中央部は、標高データに水面が含まれないため、測れませんでした。
水があふれたとき、何が起きるのでしょうか
天井川や、堤防の内側が低い川では、次のことが心配されます。
- 水が、街に向かって一気に流れ出します。 堤防が切れると、川の高い水位がそのまま街へ流れ込みます。
- 水が引きにくく、被害が長引きます。 川より低い土地にたまった水は、川に戻りにくくなります(柏原市の資料による)。先日の千葉の浸水(印旛沼の堤防決壊)でも、発生から2週間たっても浸水が残る地域がありました。千葉の浸水地域とMAPRISEの地図レイヤーの比較もあわせてご覧ください。
- 支流の水を、本流に出せなくなります。 令和元年東日本台風では、長野県の千曲川の水位が高くなり、堤防より約7m低い支流の浅川の水が千曲川に流れ込めず、内水氾濫が起きたと報じられています(信濃毎日新聞)。
地図で、ご自宅の周りを確かめるには
- 色別標高図や陰影起伏図で、近くの川の筋を見てみましょう。 川が、街の中で細長い尾根のように盛り上がって見えるときは、川の水位が街の地面より高い可能性があります。
- 洪水浸水想定は、想定最大規模と計画規模の両方を見ましょう。 計画規模で色が出なくても、想定最大規模で広く色が出る場所があります。
- 想定の色が出ていなくても、安心はできません。 洪水浸水想定は、国や都道府県が指定した河川について作られます。小さな川や、内水氾濫の想定は、この地図に表示されない場合があります。
- お住まいの自治体のハザードマップを、必ずご確認ください。 避難の場所や経路は、自治体が示す情報が基本です。
全国の、ほかの天井川
ここまでに紹介したほかにも、次のような天井川が知られています。個別の状況は、各河川管理者の資料でご確認ください。
- 玉川(京都府井手町): JR奈良線のトンネルの上を流れる天井川です。京都盆地の南部には、JR奈良線などの天井川トンネルが複数あるとされています。
- 大和川(大阪府): 付け替え前は、天井川だったとされています(柏原市の資料)。
- 白川(熊本市): 天井川とされています。1953年(昭和28年)の6月26日の水害では、熊本市街が被災し、国土交通省の資料では、死者・行方不明者422人、浸水家屋31,145戸とされています。
- 浅川(長野市): 長野県の資料によると、天井川の解消を含む河川改修が2016年(平成28年)に、浅川ダムが2017年(平成29年)までに完了したとされています。
限界についても、正直にお伝えします
- 標高の数値は、国土地理院の5mメッシュ標高から断面を取った概数です。堤防の頂は幅が狭く、実際の高さと数メートル異なる場合があります。
- 「天井川」の定義には幅があります。庄内川は、国土交通省の資料で「天井川」と記されていますが、扇状地の天井川とは区別して扱う資料もあります。荒川は、一般に天井川と呼ばれる川ではなく、本記事では「堤防の内側の街が、川の水位より低くなりうる例」として紹介しています。
- 名古屋では、断面の標高の数値を測っていません。「天井川」とする記述は、国土交通省の資料に基づいています。
- 洪水浸水想定は、国土交通省のハザードマップポータルサイトのデータをもとにしており、想定した雨の降り方などの条件の下での想定です。最新の情報は、各自治体、国土交通省の公表資料でご確認ください。
- 東京では、扇状地の典型的な天井川を、今回の調査で確認できませんでした。確認できなかったことは、存在しないという意味ではありません。
- 本記事は、一般的な情報の紹介です。個別の土地の安全を保証するものではありません。
おわりに
「川は低いところを流れる」という思い込みは、天井川の存在を知ると、少し揺らぎます。ご自宅や職場の近くの川と、街の高さの関係を、一度、地図で見てみていただければ幸いです。
ご意見・ご質問は info@maprise.jp までお気軽にお寄せください。
出典
- 天井川(Wikipedia)
- 地形用語:天井川(Raised bed River)
- 天井川と洪水(柏原市)
- 川の下に線路?脳が「バグる」不思議な光景 東海道本線を貫く天井川って!?(乗りものニュース)
- 日本の川 - 中部 - 庄内川(国土交通省)
- 大都市における治水対策(庄内川・国土交通省資料)
- 江東5区大規模水害対策協議会(江戸川区)
- 江東5区大規模水害広域避難計画(リスク管理Navi)
- 悪条件重なり決壊② 千曲川へのポンプ排水できず 支流浅川で内水氾濫(信濃毎日新聞)
- 昭和28年6月26日(国土交通省 九州地方整備局)
- 浅川の流域及び河川の概要(長野県)
- 地図・データ:標高API・標高タイル(国土地理院)(MAPRISE で加工して表示しています。各データの提供元とライセンスはデータソース一覧に、地図で見られるデータはレイヤー図鑑にまとめています)
本記事の地図は、MAPRISEの「色別標高図」「陰影起伏図」(国土地理院)、「洪水浸水想定(想定最大規模・計画規模)」(国土交通省 ハザードマップポータルサイト)を表示したものです。断面の標高は、国土地理院の5mメッシュ標高(DEM5A)から作成した概数で、実際の高さを保証するものではありません。
タグ: #天井川 #洪水浸水想定 #ハザードマップ #標高 #陰影起伏図 #芦屋川 #住吉川 #荒川 #庄内川 #防災
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