天神地下街から岩田屋方面へ抜けるきらめき通り地下通路には、なぜか吊り橋のような造形があります。ふとした疑問からMAPRISEの古地図レイヤーを開くと、その足元にかつて肥前堀が流れていたことが見えてきました。
天神を歩いていて、何度も通っているはずの場所で、ふと足が止まることがあります。今回は、そんな寄り道から始まった話です。
天神を歩いていて、足が止まった
天神地下街から、天神西通り方面と岩田屋本店方面を結ぶ「きらめき通り地下通路」。普段は買い物や待ち合わせの途中で、何も考えずに通り抜けている人がほとんどだと思います。

ところがこの通路、よく見ると少し変なのです。壁一面に、斜めに傾いた金属の支柱が立ち、そこから白い壁面へ向かってケーブルが放射状に張られています。通路の縁には、橋の欄干のような手すりが続いています。
写真で見る「地下の吊り橋」



吊り橋というより、斜めの支柱とケーブルで橋桁を支える斜張橋に近い造形かもしれません。いずれにしても、ただの地下通路に、なぜここまで橋らしい意匠が必要なのだろう、と不思議に思いました。正直なところ、最初は「ずいぶん手の込んだ、意味のなさそうなオブジェだな」と感じたのです。
通路は東西に伸びています。この「東西に延びる橋」という構図が、頭のどこかに引っかかっていました。
「なぜここに吊り橋?」と思って、地図を開いてみた
そこで、MAPRISEの古地図レイヤーで同じ場所を見てみることにしました。使ったのは、国土地理院の明治期の旧版地図をもとにした「明治期の低湿地」レイヤーです。

福岡城跡の濠から東へ、天神の街を横切るように水色の帯が伸びているのが分かります。水色は凡例の「河川・水路」にあたる部分です。さらに天神二丁目付近を拡大してみます。

現在の道路やビルの区画とは無関係に、水色の帯が東西に横切っています。きらめき通りのある天神二丁目の一帯が、かつて水の通り道だったことが、地図の上ではっきり読み取れました。
足元には、かつて肥前堀が流れていた
この水色の帯の正体が、以前の記事でも書いた「肥前堀」です。福岡城の築城にあわせて造られた幅約50mの堀で、天神のど真ん中を東西に横切っていました。明治43年(1910年)に埋め立てられ、現在は道路やビルになっています。
つまり、きらめき通り地下通路の足元には、かつて東西に延びる大きな堀があった、ということになります。そしてその堀を、地下通路は今もまたぐように通っているわけです。
「吊り橋」は、堀に架かっていた橋の記憶なのではないか
ここから先は、私の推測です。この通路の造形について、設計の意図を示す資料は見つけられていません。
ただ、堀の上に橋が架かっていたはずの場所に、橋のような意匠を持つ通路がある。しかも、堀と同じ東西の向きに延びている。この符合を、単なる偶然と片付けてしまうのは少しもったいない気がします。一見すると無駄に見えるこのオブジェは、いにしえの堀と橋の景色を、少しでも思い起こさせるための演出なのではないか、と私は想像しています。
通路の突き当たりには、丸みを帯びた石を積み上げたような壁もあります。

堀であった以上、その縁は石で固められていたはずです。そう考えると、この石積みも、堀の石垣をイメージしたものなのかもしれません。ただし、これが実際の遺構なのか、意匠として設けられたものなのかは、現地では確認できていません。
地図を重ねると、何気ない風景に理由が見えてくる
今回の発見は、地図を1枚重ねてみたことで、何気なく通り過ぎていた風景に理由が見えてきた、という出来事でした。
MAPRISEの古地図レイヤーは、こうした歴史の楽しみ方に使えるだけではありません。かつて河川や水路、湿地だった場所は、一般に地盤が軟弱な傾向があり、地震時の液状化などを考える際の手がかりにもなります。同じレイヤーが、街歩きの小さな疑問にも、土地の成り立ちを知る実務にも使えるところに、私は面白さを感じています。
おわりに
この石積みの壁を見ているうちに、ふと思い出しました。そういえば、天神地下街にも、同じように堀の石垣を思わせる石積みの広場がありました。以前、そちらについて調べて記事にしたことを思い出し、改めて読み返してみると、同じ肥前堀の物語がつながっていることに気づきます。
天神地下街の「石積みの広場」と肥前堀については、こちらの記事に書きました。あわせてご覧いただければ、今回の「吊り橋」の話がより立体的に感じられるはずです。
本記事の肥前堀の歴史的経緯は、福岡市が公開する情報および天神地下街「石積みの広場」現地案内板の記載に基づいています。きらめき通り地下通路の造形の意図については、資料を確認できておらず、本文中の記述は私の推測です。古地図レイヤー(明治期の低湿地)は国土地理院の明治期の旧版地図をもとに作成した参考情報であり、位置誤差を含む場合があります。写真は私が現地で撮影したもので、通行人が写り込む箇所は判別できないように処理しています。
出典:国土地理院(明治期の旧版地図)、福岡市「肥前堀と石積みの広場」
タグ: #天神地下街 #きらめき通り #肥前堀 #古地図 #福岡城
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